昭和27年6月
(1952年) | 創業者 加地幸一が「今後の日本の将来の発展は輸出を伸ばし外貨を多く獲得する以外には有り得ない」という理念をもって資本金250万円をもって設立
所在地:東京都千代田区霞ヶ関3丁目4番下記事業でスタート |
- 横浜のスカーフのアメリカへの輸出
- IMPERIAL INTERNATIONAL CORP.(NEW YORK, U.S.A.)の日本買付総代理店として洋食器のアメリカへの輸出
-
STAR TEXTILE & RESEARCH, INC.(ALBANY, U.S.A)の日本買付総代理店としてのFiber Wasteのアメリカへの輸出
-
イーストマン社(U.S.A.)の日本総代理店としてアセテート繊維販売
|
| 昭和28年(1953年) | 大阪連絡所及び燕事務所開設 |
| 昭和30年(1955年) | 資本金 500万円に増資
燕の洋食器 東邦レーヨンのFiber Wasteのアメリカ向け輸出及びスカーフの輸出が伸びる |
| 昭和32年(1957年) | 資本金1,000万円に増資
燕の洋食器はアメリカ以外にカナダ、中南米(Venezuela, Costa Rica, Honduras, Panama etc.)に輸出が伸びてゆく |
| 昭和34年(1959年) | 大阪連絡所を大阪事務所と改称 |
| 昭和35年(1960年) | 本社を東京都中央区銀座四丁目八番八号
明裕国際会館内に移転 米国ニューヨーク市に現地法人 K.KACHI CO. NEW YORK, INC.を設立 |
| 昭和36年(1961年) | 資本金2,000万円に増資
旭化成株式会社のFiber WasteのSTAR TEXTILE&RESEARCH, INC.向 及び松下電器鰍フTransistor Radioのアメリカ向けが伸びて行く |
| 昭和37年(1962年) | 名古屋事務所開設
|
| 昭和39年(1964年) | 静岡連絡所開設 |
| 昭和43年(1968年) | 台湾に台北支店設立 |
| 昭和44年(1969年) | 台湾にAPOLLO
WIG CO,.LTD.を設立 カネカ鰍ニ加地貿易の合併会社カネカのKanekalon繊維でWIG(カツラ)製造日本へ輸出旭化成及び協和発酵のMSGのアメリカへの輸出代理店及びニューヨークオフィスがアメリカ市場での両社のMSGの独占販売店になる。 |
| 昭和47年(1972年) | 英国に現地法人
K.KACHI & CO.,(U.K.) LTD.を設立 外国為替が固定相場(\360=US$1)が変動相場制に移行 US$1=\308でスタート以降円高が進み一方東南アジア諸国の製品の品質が向上し、加地貿易の扱っていた洋食器雑貨が東南アジア諸国に奪われていく
|
| 昭和53年〜(1978年) | BULOVA WATCH
CO.,INC (New York, U.S.A.)向アメリカ/カナダ向けClock(置時計)の輸出好調大阪支店の中近東向け陶器 石油コンロの輸出好調 |
| 昭和56年(1981年) | 資本金3,000万円に増資
本店を東京都千代田区岩本町3丁目2番1号に移転 |
| 昭和57年(1982年) | 潟Zフテイの化粧品の輸出代理店となり、Sorciere
Brandの頭髪化粧品の中近東向け輸出が始まる。 |
| 昭和61年(1986年) | 米国現地法人 KACHI
CALIFORNIA INC 設立 |
| 平成5年(1993年) | 本店東京都台東区浅草橋2丁目5番5号に移転 |
| 平成17年(2005年) | 資本金3,500万円に増資 |
| 平成18年(2006年) | 名古屋支店開設 |
| 平成20年(2008年) | 山梨大学内に産学協同事業会社シナプテック株式会社を設立
|